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50代から苦手をなくしワクワクする人生を送る方法 -How to enjoy life after 50-

赤毛のアンを原書で読む Chapter Ⅴ

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赤毛のアン(Anne of Green Gables)を英語で読む私的プロジェクトです。

基本的にオンライン英会話(CafetalkまたはCambly)のレッスンで原文を音読し、難しいところをチューターさんに質問したり、ちょっと脱線してお喋りしたりしながら、緩く続けています。

日本語訳は、集英社文庫松本侑子訳を参照しています。

やり方については、こちらに詳細を書きました(・∀・)

  

 

今回のあらすじ

Chapter Ⅴ Anne's History(アンの生い立ち)

マリラは手違いでやってきたアンを馬車でホワイト・サンズまで送って行きます。

道中、おしゃべりをしまくるアンに、マリラは自分の身の上話をするよう促します。

気が進まないアンですが、諦めてこれまでの生い立ちを話し始めるのでした。

 

再び、ポジティブなアン
グリーン・ゲイブルスに引き取られて天国にのぼるほど幸せだった第一章から、手違いだったことがわかり地獄に突き落とされたアン。これから孤児院に送り返されるのですから、悲壮な気持ちになって当然なのですが、冒頭から「今を楽しむ」モード全開です。

I’ve made up my mind to enjoy this drive. It’s been my experience that you can nearly always enjoy things if you make up your mind firmly that you will."

「私の経験から言うと、物事は楽しもうと思えば、どんな時でも愉しめるものよ。」(松本侑子訳)

どうですか!(・∀・)

まさにいま、このコロナ禍の世界においても、見習いたい考え方ではありませんか!?

受け入れる・人を責めない 

アンの両親は、アンがまだ生後三ヶ月の頃、相次いで病気で亡くなってしまいました。

身寄りのないアンは、その後労働者階級の貧しい家を転々とし、子守や手伝いをしながら、恵まれない子供時代を送っていたのでした。

人生でもっとも、親からの愛情を必要とする時期に、誰からも顧みられず、生活のため教育もろくに受けられなかったアン。けれど、マリラに「引取り先の人たちは良くしてくれたか」と聞かれると、顔を赤らめながら、こう答えるのです。

“Oh, they meant to be—I know they meant to be just as good and kind as possible. And when people mean to be good to you, you don’t mind very much when they’re not quite—always. They had a good deal to worry them, you know. It’s a very trying to have a drunken husband, you see; and it must be very trying to have twins three times in succession, don’t you think? But I feel sure they meant to be good to me.”

優しくしてくれるつもりがあったのはわかっているから、実際どうだったかは大したことじゃない、それに苦労が多い生活をしていたんだから、できなくてもしょうがないと、相手を思いやるのです。

もちろん、貧乏なのにアンを引き取ってくれたことは感謝に値するのでしょうが、あくまでも手伝いの手として家に置いていたわけですよね。一番愛情が必要な時期に、自分を大事にしてくれる存在がいなかった、さびしい思いをしてきたアンに、どうしてこんな考え方ができるのでしょうか!

この辛い経験も受け入れ、人を責めないというのもまた、幸せの秘訣ですよね。

 

レッスン覚書

-‘My life is a perfect graveyard of buried hopes.’: 我が人生は、希望を埋葬した墓地なり(松本侑子訳)

アンお気に入りのフレーズ。

- there’s one little early wild rose out!:

outがあるとないとではどういう違いがあるのか、聞いてみました。自分で喋る時はoutつけないだろうと思ったので。

blooming(咲いている)感が出るそうです。なるほど·····。単にthere's a roseだけだと、蕾なのか、咲きかけなのか、それとも咲き誇っているのかまでは表現してないんですねー。見ればわかるわけだけど·····とtutorさんは言ってました。

- A husband was enough responsibility: For a woman, taking care of a husband is an enough responsibility 「夫は手がかかるものね。(松本侑子訳)」

 Tutorさんの家庭は違うそうですが、カナダでも、特にreligeousな女性は、男性をこういうふうに(=亭主関白チックに)させていると言っていました。